安比奈のなないろディップスイッチ

世界一悪い観客、安比奈誠伸のブログです。
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炎上上等!!突撃上等!!
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その228:あいなとものぶの無職狂時代の巻

今年もあと一ヶ月と少し
気がついたら、晩秋から冬になろうとしている。
2ヶ月前までの暑さが、まるで嘘のようだ。


第二次無職時代突入、公的職業訓練の日々
今回は、前回の続き。
3社目の会社を『病気による解雇』で辞めた。
午前はハローワークで仕事を探す、午後はスポーツクラブで汗を流すのは相変わらず続けていた。
しかし、仕事探しはさっぱりうまくいかない。
そんな状況でも、両親は終始何も言わなかった。
「今度はもう、あんなことはしないでくれよ」
母は黙ってうなずいた。2社目に入る前に、私に断りもなしに入れられたバイトのことだ。
どんなに懐が広いように見えても、確信犯で法を破るような犯罪者と付き合うような奴が、まともな奴のわけがない。
そんなゲスな男に息子を頼んでしまった。母はさすがに、自分がしでかした事の重大さを自覚したようだった。
さすがに反省しているので、もう責めはしない。
それはともかく、雇用保険は間もなく切れる。
さて、これからどうしたものか。
何とかしなければ、何とか……おや? これは何だろう?
『公的職業訓練』
国(雇用・能力開発機構)や都道府県が職業訓練校を設置したり、 民間の専修学校・大学・事業主等に委託したりして、職業に必要な知識・技能を習得する公的な訓練のことをいう。
しかも、訓練校まで交通費は負担してもらえる。かつ、雇用保険は継続して受け取れる。
こんなうまい話があるのか? そんなことを考える間もなく、1も2もなく飛びついた。
色々と書類を書くのが面倒だったが、何とか審査に通った。
入った職業訓練は『IT実務科』。訓練期間は4ヶ月。
3ヶ月でOfficeの使い方を学ぶ。残りの1ヶ月は民間企業で実地訓練をする。
こうして職業訓練が始まった。8月の暑い盛りだった。
だが何という運命の悪戯、訓練校となる専門学校から歩いて10分もしないところに、あの忌まわしき2社目の会社があるではないか!
もし、奴らと鉢合わせした日にはどうなるのか……と思ったが、幸い鉢合わせすることはなかった。
授業開始は9時。各自にノートPCが貸与され、それでofficeの使い方を学ぶ。
昼休みを挟んで、終業は16時。
「チョロイ、チョロイ」
だって今までIT企業に10年いたのだから、Officeの使い方はスラスラとまではいかないまでも、大体わかる。
GUIを搭載した最新のOfficeだったが、それでも楽だった。前のOfficeに慣れているから。
こんなに楽で、授業料は無料どころか、逆に雇用保険がもらえる。
まさに天国だ。
こんな状況は、無職の人間を惚けさせるのに十分だった。
「あ〜、俺日本に生まれて良かったなあ〜、中国や北朝鮮、韓国に生まれなくて本当に良かったなあ〜」
でも、日本に生まれた幸運に感謝することは忘れていなかったからまだマシなのかも……って、違いますね、ハイ。
その間に、MCAS(マイクロソフト認定アプリケーションスペシャリスト)を取得した。
Word、Excel、Access、powerpointの4つだ。
ただ漫然と通っていたわけではないのだ。
第159回から第162回までMCASの合格報告を書いていたが、この時に取ったものなのだ。
ある日、授業が終わった後、あれほど憎んでいた2社目の会社の前に行ってみた。
奴らに出くわしたら? その時はその時だ。
潰れることもなく、辞めた日と何も変わらずに会社は残っていた。
「くそったれっ!!」
そう吐き捨てて、2社目の会社の前から立ち去った。
あっという間に3ヶ月が過ぎ、今度は実地訓練となった。
主に伝票整理の手伝いをした。
パソコンにはあまり触れなかったので、授業で学んだことが生かせなかった。
その実地訓練も終わり、修了式の日がやってきた。
機会があったらまた会いましょうと、同級生の人たちに挨拶をして別れた。
訓練は終わった。
今度こそ、本当に無職になってしまった。日雇いのバイトをしながら、就職活動を続けた。
今年中の就職は無理かな……と思っていたら、お台場の近く、有明にある職場(職業名は言えません)に入れることになった。
年の終わり頃、ギリギリだった。
そして、今もそこで働いている。
給料は前より下がってしまったが、食えないわけではない。
毎日決まって行くところがあって、決まって帰るところがあるのはいいものだ。
今度は失敗しないようにしたい。


生活保護を受けたら……
もし、職業訓練の期間が1年だったら、弛みきった精神は元に戻らなかったに違いない。
期間が終わったところで、どんなことになっていただろう。
まして、生活保護だったら、もう絶対に戻れない。
今だからわかる。生活保護を受けていて、簡単な仕事ならできそうなのにやろうとしない人の気持ちが。
給料は生活保護より安いことはわかっている。バカらしくてやる気になんかなれない。
それでも戻れた私は幸運だったのかも知れない。

つらくても、苦しくても、人の情けにすがりたくない。挑むことが人生なら、戦うことが人生なら、自分の力を試してみたい。自分の力で生きてゆきたい。
銀河鉄道999 『17億6千5百万人のくれくれ星』の次回予告より

今回の要点・クリスマスをビッグサイトのすぐ近くで迎えるとは思わなかった。
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  1. 2012/11/25(日) 22:06:57|
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その18:ベルリンの壁が消えた日

度重なる反政府集会。次々と共産主義を捨てる東側諸国。ソ連からも見限られた。
1989年11月9日。ついに東ドイツ政府はギブアップ宣言をした。
「東ドイツ国民はベルリンの壁を含めて、すべての国境通過点から出国が認められる」
「この政令は、いつから発効されるのですか?」
「私の認識では……直ちにだ!」(実はミス。本当は出国条件の緩和、それも10日から)
えっ? 壁、開けちゃうの!? たちの悪いジョークじゃないのか? ベルリン市民は半信半疑でベルリンの壁に集まり始めた。
「開けろ! 開けろ!」
検問所に怒号が響き渡る。しかし、中国が天安門事件を起こしたせいで弾圧はできない。
降参した国境警備隊はゲートを開けた。東ベルリンの人々は歓喜の中、西ベルリンになだれ込んだ。
絶対に越えられない、壊れないはずのベルリンの壁は、あっさりただの壁になり、やがて消えた。そして東ドイツもあっけなく西ドイツに吸収されて消えた。
あっけなく消えてしまうことって、あるんだなあ。
中国、朝鮮もそう願いたい。

きっと1989年の今頃は、みんな壁を楽しそうに壊していたんだろうな。

テーマ:ドイツ - ジャンル:海外情報

  1. 2012/11/10(土) 22:09:13|
  2. 安比奈のなないろディップスイッチ増刊号
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