安比奈のなないろディップスイッチ

世界一悪い観客、安比奈誠伸のブログです。
アイドル声優たちよ、無駄飯、無駄酒、無駄口、無駄遊び、無駄ショッピングの後は、これを読め!
声優志望者たちよ、続けるか辞めるか、迷った時はこれを読め!
アニメ首脳陣よ、声優ファン・アニメファンからどうやって搾取するか、煮詰まった時はこれを読め!
炎上上等!!突撃上等!!
素人の傍目八目な爆言で、喝!!

警告!声優ファンやアニメファン(特にネギまファン、リリカルなのはファン、ゼロの使い魔ファン)は読むのをやめた方が無難です。


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

その105:二人のアイドル声優の二つの道の巻

クズはクズカゴにぶっ込んでおこう
今回は声優に関するショートストーリーを書いてみる。
「お前の下らない小説もどきなんか読むか!」という方は、今回はパスされて結構です。
でも、陰口叩くしかできない、アリよりも怖くないクズどもは、何だかんだ言って結局毎回読むんだよな。
毎度毎度、クズはクズな言い訳をグチャグチャ。
「本当はこんなブログなんか簡単に潰せるが、俺様の広い心で許してやらんことはない」
クズのクズな独り言が聞こえてくる。
さて、クズはクズ同士で、クズカゴでぬくぬく暮らさせるままにしておいて、本題のショートストーリーにそろそろ入ろう。
この話はフィクションであり、実在の人物、声優とは一切関係ありません。



以下は妄想ですが、「XXのことかー!」と言いたくなるかも
二人のアイドル声優がいた。
名前は、仮にA、Bとしよう。
二人は養成所の同期生で、ほぼ同時にデビューした。一番の親友でライバルという関係だった。
Aは役者としての潜在的実力を見込まれていた。
Bは役者としてはもう一つだが、アイドル性に注目された。
「Aちゃんとライバルなんて言えないですよ~」「Bちゃんにはとてもかなわない~」と二人は言うが。
二人は早々と念願の主役を手にした。深夜の美少女アニメだった。
二人の人気は徐々に上がっていき、共演することが多くなっていった。ユニットを組んでCDを出したり、イベントをしたりとアイドル的な活動が増えてきた。途中から、ソロ活動も始まった。
しかし、Aは疑問を感じていた。
「私は一体、何をやっているんだろう?」
アニメと芝居が好きだから、子供たちに夢を与えたいから声優になったはずなのに、アイドル活動が収入の大部分になっている。
主演作品は少なくないのに、ギャラは信じられないくらい安い。声の仕事は、雀の涙ほどのお金にしかならない。アイドル活動で食っているという現実。
歌は下手だけど、嫌いじゃない。でも、何かが違う。アイドル活動に比べたら、芝居がおまけ程度のお金にしかならない。自分は声優、役者なのに……。
さらに疑問がわき上がってくる。
「声優って、子供に夢を与えるのが仕事じゃなかったっけ?」
イベントでは、集まるのは『おっきなおともだち』ばかり。幼稚園児、小学生の『おともだち』の姿は皆無だ。
夜中にやっているアニメしか、主役級の作品がないのだから当然だ。
6、7時台のアニメは全滅寸前、残っているのは中堅、ベテラン声優ぞろいの長寿アニメがほとんどで、自分のような若手は名前もないようなチョイ役しか出番がない。朝のアニメで、やっと名前がある端役がもらえるくらいだ。
一方でBは、ソロでのアイドル活動が多くなっていた。イベント、コンサート、写真集と、並のアイドル顔負けの活動ぶりだった。
アイドル活動は楽しい。大きなステージの上で、スポットライトと歓声を浴びる。まさに絶頂期だった。
しかし、秋葉原を離れれば、「誰それ」「知らない」状態。
オリコンチャートで上位に入っても、ろくにテレビで取り上げてもらえない。
たまに取り上げられても『何か変わった人』、ひどい時は『キモい声を出す人』扱いされる。
出ているアニメは夜中のアニメばかり。そんなアニメなんか、ファンでもない限り誰も見ないし知らない。つまり、自分のことなんか誰も知らない。
そして、Bも疑問を持ち始める。
「私って、秋葉原を出たらただの人なんだろうか?」
さらにショックな出来事が起こった。
テレビの情報番組で、『ニート』の特集をやっていた時のことだ。ニートの一人として紹介された若者の部屋に、Bが演じたキャラクターを模したフィギュアが所狭しと並んでいた。
それを見てBは愕然となる。
自分の演じたキャラクターに歪んだ愛情を注ぎ、働こうとしない人がいる。
「私は人をだめにしているんだろうか? 私は何のために声優をやっているんだろう?」
そんな二人の疑問とは関係なく、あっという間に数年が過ぎていった。
時間が経つにつれ、二人には徐々に仕事の内容で差が出始めた。
Aは頑張った甲斐あって、徐々に洋画の吹き替え、ナレーションの仕事が来るようになった。アイドル活動は徐々に減っていった。
Bの声の仕事は、まだ美少女アニメが大部分だった。アイドル活動は盛んに行っていた。
デビューから10年、二人はすでに30歳を過ぎていた。
絶頂期は既に過ぎている。二人の後には、後に続く声優たちが続々とデビューしている。
二人は少しずつ仕事の量が減っていくのを感じていた。
まだ応援してくれているファンも決して少なくない。
だが、大して実力があるとは思えない新人や若手に仕事を取られ、自分たちの出番が減ってきている。
二人は焦燥を感じていた。
Aは、このままではアニメに自分の出番はなくなると思っていた。今のアニメは、アイドル性がある声優が優遇されている。自分に若手ほどのアイドル性はない。かと言って、吹き替えやナレーションを仕事の中心にするほどの技量はまだない。
Bは、新人や若手をはねのけるほどの役者としての実力が自分にはないことを知っていた。やってきたことと言えば、美少女アニメとアイドル活動しか思い出せない。
さらに、年が上がっていくにつれ、ファンが自分からポツリ、ポツリと離れていくのを感じていた。
ある日のこと、Aが付き合っていた彼氏から「結婚しよう」とプロボーズをされた。
彼氏との交際は3年以上に及んでいた。振られるのを覚悟で「私はアニメの声優なんです」と打ち明けた時、「それでも好きだ」と言ってくれた人だった。
Aはプロポーズを受け、結婚した。
当分の間活動は停止という名目で一時休業となったが、事実上の引退と思い込んだファンは悲しんだ。
BはAの結婚をよそに、なおもアイドル活動を続けた。美少女アニメにも出続けた。
皮肉なことに、Aの結婚が「Aちゃんは結婚しちゃったけど、Bちゃんは結婚しないよね」「Bは俺の嫁」と、人気を盛り返すきっかけとなった。
さらに時は流れ、二人は40代半ばとなった。
二人とも結婚して、母親になった。子供も大きくなった。
中堅クラスから、準ベテランに入るかという時期に来ている。
Aはフリーで仕事をしているが、以前に比べると仕事の量は格段に少ない。パートタイマーのようなものだ。夫は「声の仕事をやりたいんだったら、いいよ」と理解してくれている。もうアイドル活動はしないしできないが、たまにファンの前に顔を出すと、歓声が上がる。決してファンは忘れていないのだ。
Bは母親になってもまだアイドル活動を続けている。もっとも、昔のような大きなホールではなく、小規模のイベントだが。
声の仕事は、相変わらず美少女アニメが中心だ。最近は母親や教師など、熟女役が増えたが、そちらで重宝されるようになった。
時々夫や子供から「お母さん、もうアイドルやめようよ。いい年してみっともない」と言われるが、「応援してくれるファンの人たちがいるから」と、聞こうとしない。
これから二人はどうなっていくのだろうか。
Aは、時々声の仕事をやる以外は、平凡な主婦として、母親としての生活を続けている。昔のような脚光を浴びることはなくても、ささやかであるが幸せな暮らしを続けていくだろう。
Bは、これからもファンのために、スポットライトを浴びる幸せのためにアイドル活動を続けていくだろう。
ステージに立てば、客席にファンがいるから。
いつか来るであろう、アイドルができなくなる時まで……。


幸せは一つとは限らない
どちらが幸せなのか、どちらが正しいのか?
それをここで決めるつもりはない。
幸せのパターンは一つとは限らないから。
だが、現実は、ここで書いたものほど甘くはない。
こんなにうまくいくわけがないのだ。
ここに書いたような、ささやかな幸せさえも掴めなかったら……。
どうなるのか、誰にもわからない。

今回の要点・現実は、この文章ほど甘くはない






スポンサーサイト

テーマ:声優 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/01/26(土) 23:07:50|
  2. 安比奈のなないろディップスイッチ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<その106:努力や苦労はすればいいものじゃないの巻 | ホーム | その104:2008年冬・あいなとものぶ安比奈線を行くの巻>>

コメント

石川達三『僕たちの失敗』

>どちらが幸せなのか、どちらが正しいのか?
>それをここで決めるつもりはない。
>幸せのパターンは一つとは限らないから。

古い本で恐縮ですが、私が今読んでいる『僕たちの失敗』(石川達三著・新潮社刊)でも、同じことが言えるのではないかと思います。

「結婚ということについて、僕は懐疑的だった。懐疑的ではあったが、否定的ではなかった。結婚は、否定するわけには行かない。否定したら、人類は絶滅するし、第一、人生がおもしろくない。ただ、どういうかたちで結婚するか、どんなかたちの結婚生活が、現代の僕たちに最もふさわしいか。そのことにはいろいろ問題がある。僕はそのことで悩んでいた。」(本文より)

主人公の“僕”(福田信太郎。以下「“僕”」と表記)は、大学の法科を卒業し、法務省に入省したものの、すぐに退職し、自由な職場を求めてアルプス・カメラに就職し、工員として働いていました。同じ職場で女子工員として働く伊吹まさ子に恋心を抱き、唐突に結婚を申し込みますが、それには「三年間の約束で結婚する」という条件が付いていました。

また、脇役として信太郎の実母(八重子)、会社の上司の渡辺作太工場長、同僚の徳丸恵子、稲垣次郎、豊田、若林などが登場しますが、稲垣には事故とそれに端を発した離婚騒ぎが起こる、若林は恵子をあまりにも強く愛するあまり、彼女に対して傷害事件を起こし、その結果として結婚を約束させられる、渡辺工場長は長年連れ添った前妻を追い出し、八重子と再婚する、豊田は夫婦二人のみの暮らしを相変わらず続けている…こうして見ていると、彼等はあまり幸せなようには感じられないように思います。

最終的に、“僕”とまさ子との結婚生活も、たった一年で崩壊してしまいます。というのも、夫婦双方があまりにも“自由”でありすぎたから(というより、自分〔“僕”〕の意見を主張しすぎたから)です。また、子供を身ごもったことをめぐって二人の意見が対立したことが決定打となって(まさ子の旧友〔実は腹違いの兄妹〕の片桐が“僕”に対し、二人の関係を戻すよう説得にあたるが、失敗)、二人は別れてしまいます(子供はその後に生まれた)。

「離婚は簡単であった。区役所の規定の書類に規定の文字を記入して署名捺印(なついん)すれば、それで終りだった。この紙切れ一枚で、二人の関係が断絶するのだった。その日から僕たちは赤の他人という関係になったのだ。馬鹿なはなしだ。

…(中略)…

 僕たちの三年契約の結婚生活は、要するに一年あまりで終りを告げた。しかし僕はまさ子との結婚が失敗だったとは思わなかった。僕たちは別離のその日まで愛しあっていたし、別れたくなかったのだ。つまり結婚そのものは成功であったが、まさ子の妊娠という事だけが失敗だった。妊娠をどこまでも守ろうと望んだまさ子の(女ごころ)だけが、どうにもならない僕たちの跌(つまず)きだった。」(本文より)

こうして見ていると、主人公・福田信太郎はあまりにもわがままで、身勝手で、臆病で、弱虫だなあ、と思えてなりませんが、いかがでしょうか?

そして、本当に幸せな結婚生活とは、一体何なのでしょうか…?

(私は「夫婦が仲良く手を取り、互いに主張したり、譲り合ったりしながらも、生まれてくる子供たちと共に励み合うことが最も幸せであり、大きな喜びである」と考えています)

乱文にて失礼致します。
それでは。
  1. 2008/02/01(金) 22:49:40 |
  2. URL |
  3. M.N #-
  4. [ 編集]

res...

M.Nさん>
本当に幸せだったのか、それとも不幸だったのか。
それを知っているのは他の誰でもなく、
本人だけなのです。

  1. 2008/02/03(日) 16:44:50 |
  2. URL |
  3. 安比奈誠伸 #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://tomonobu.blog43.fc2.com/tb.php/130-d57a7e48
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。