安比奈のなないろディップスイッチ

世界一悪い観客、安比奈誠伸のブログです。
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その107:あいなくん、ハイ! 高校生編の巻

元親方逮捕、遅すぎる逮捕
大相撲史上最大の不祥事、時津風部屋新弟子傷害致死事件で、2月9日、先代親方と兄弟子が逮捕された。
逮捕されたのは、先代時津風親方の山本順一と序二段力士伊塚雄一郎、木村正和、藤居正憲の兄弟子3人。
事件発生から7か月後の、遅すぎる逮捕だった。
捜査が進むにつれ、ビール瓶や金属バットでの暴行、かつ「稽古で死んだことにしよう」と口裏合わせをしていたこと、遺族に無断で遺体を火葬にしようとしていたことが判明した。
予想通り、兄弟子は「親方に命令されてやった」「親方に逆らえなかった」などと、取り調べの刑事に親方を売っている。
今更どうあがいたって、執行猶予じゃ済まないだろうけど。
逮捕前、山本はこんなことをぶっこいていたという。
「世の中が嫌になった。死にたい」
遺族に金払ってから死ね。



自由の日を夢見て……
本題に入ろう。
今回は、息抜きに思い出話。
はい、つまらないですね。人の思い出話なんて。
それでは、また来週。
……え、読むんですか?
それでは、少数でも読まれる方のために書きましょう。
今回は、第30回の中学校編に続いて、高校時代の話。(第77回でも少し書いたが)
高校時代は、小、中学時代と比べるとあまり印象に残った思い出はない。
もっとも、それは学校に限ってのことだが、それについては後述する。
部活はコンピューター部に入った。
水泳部は? と思った人も多いだろうが、プールそのものがなかった。
部とはいっても、実態は同好会としての扱いだった。
普段はこれといった活動はしないが、2学期になると、文化祭で展示する作品を作り始める。
1、2年の時はCGを、3年の時は音楽を作った。
3年生になった時、PC室が新設された。授業で使うためのPCの部屋だ。Macがズラッと40台ほど並んでいる。
ここが事実上の部室となった。それまでは物理室で、棚の中にしまってあるPC98やMSXを引っ張り出して慎ましく活動していたのに、思わぬ大変貌だった。
そんな調子で、学校生活はこれといった思い出はなかったが、入学してからの2年間は、家の中が荒れに荒れていた時期だった。
兄が大学受験に失敗し、浪人生活に入った。
家に帰れば、毎日のように浴びせられる、兄の怒声の雨あられ。
洗濯物は、Yシャツと他の物を分けて出す、ゴミは暗くなる前にゴミ収集場に出す、暗くなったらカーテンを閉める。こうしたことに一つでも間違いがあれば、怒号や罵声、げんこつが飛んできた。
母と兄は毎日ケンカばかり。でも父が帰ってくるとやめる。毎日、その繰り返し。
ケンカばかりとはいえ、両親に対する暴力はなかったが、私に暴力の矛先は向いていた。手を出す暴力はそんなに多くなかったが、言葉の暴力が激しかった。
学校にいる時が、唯一家のことを忘れられる時間だった。
休日は家にいたくないので、友人と遊ぶか、目的もなく外をブラブラしていた。
そして1年の終わり、兄はまた受験に失敗して、2浪になった。
ますます家の中は荒れた。
「どうして俺はこんな目に」「いつまでこんなことが続くんだろう」。毎日、悩み続けた。
しかし、どうすることもできない。兄が大学に受かってくれるのを待つしかないのだ。
そして、高2の終わり頃、兄は念願の大学合格を決めた。
待ちわびた自由の日、解放の日が来たのだ。
兄が受かったことより、兄の恐怖政治から解放されたことがうれしかった。
あれだけの目に合わされたのに、私はその時、兄を許していた。
しかし、今度は私の受験が始まった。
私も兄と同じになるかも知れない。それが怖かった。
受験まで150日を切ったある日、私は部屋の壁に張り紙をした。
張り紙には1から150までの数字を書き、上に『解放戦線150日』とタイトルを書いた。
1日ごとに150から逆に数字に×印を付けていった。
×印を付けるたび、「また自由の日が1日近づいた」と、自分を元気付けていた。
「まだ先のことだけど、確実に自由の日が近づいているんだ」
そう信じて、辛い毎日を耐え続けていた。まるで出所を待ちわびる、刑務所の囚人のようだ。
そして年は明け、受験となった。
センター試験に続いて2月前半、入試へと突入した。
あっという間に、入試の期間は過ぎていった。
最後の入試は、2月14日、横浜にある私立大学だった。(不合格だったが)
最後の科目が終わりに近づいた頃、「ああ、いよいよ自由の時が来るんだ」と内心浮き足立っていた。
そして数分後、試験官が「はい、やめて下さい」。長く苦しい戦いは終わった。
試験場を出た後、私は横浜市内のとある団地に立ち寄った。
そこには、中学時代の初恋の人が住んでいたのだ。
彼女の家の前まで来た。しかし、ドアのベルを鳴らそうとして、思いとどまった。
会ってどうするのか。
そうだ、彼女は中学を卒業した時に、思い出の人になったはずだ。
会いたい、でも会わない。
さよなら……。
足早に、私は彼女の家を後にした。
帰り道、「今日はバレンタインデーか……あれ? バレンタインデーって、何する日だっけ?」と、わけもなくつぶやいたのを覚えている。
大学進学を決め、卒業式の日があっという間にやってきた。
式が終わった後、昇降口で1年の時に同じクラスだった女子生徒を呼び止めた。
入学して間もなく、その女子生徒を好きになった。初恋の人に続いて、2番目に好きになった人だ。
何にもないまま1年が終わろうとしていた時、2月14日、何と彼女からチョコレートをもらった。
もっとも、女子全員で、男子全員にチョコをあげようということになり、たまたま彼女が私に当たっただけのことだった。それにしたって、超がつくほどのラッキーだ。
3月14日、ホワイトデーのお返しはしなかった。男子も女子も、みんな忘れていた。
2年で別々のクラスになり、次第に彼女への思いも自然消滅していった。
でも未練は残したくないので、1年の時のお返しをすることにしたのだ。
お返しのキャンデーを渡した時、彼女は一瞬驚いたが「ありがとう」とニッコリ笑って受け取ってくれた。
「これでもう、高校生活に思い残すことはないな……」
その時の正直な気持ちだった。
その日の晩、私は卒業旅行に出発した。
行き先は、京都、大阪。修学旅行で行った時、もう一度ここに来たいと思ったからだ。
品川駅から、一度は乗りたいと思っていた今は亡き『大垣夜行』に乗った。
列車は混んでいたが、座ることができた。
満員の大垣夜行は一路、京都へと向かった。(大垣で乗り換えだが)
こうして、私の高校時代、そして少年時代は幕となったのでした。


数少ない思い出話をもう少し……
<体育祭、出番すっぽかし>
1年の時の体育祭で、私は100メートル走に出るはずだったが、校舎裏で友達とキャッチボールをしていて、気がついたら競技は終わっていた。出番をすっぽかしてしまったわけだが、別に誰からも何も言われなかった。
他には……うーん、書くことがない。
大学時代は、またの機会に。

今回の要点・受験は、自由への戦いだった。






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  1. 2008/02/10(日) 13:02:10|
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私の高校時代

私は高校時代、2年間だけでしたが書道部に入っていました。普段の活動は“書く”だけでなく、作品に落款として押す印を彫ったり、作品を展示する為の“裏打ち”も行ったりしていました。
また、1年生の時には合宿もありました。

3年生になってからは部活動には加わらず、勉強に打ち込む日々を送っていました。家から通える大学を選んで受験し、現役で合格しました。
  1. 2008/02/12(火) 22:12:32 |
  2. URL |
  3. M.N #-
  4. [ 編集]

res..

M.Nさん>
私の高校にも書道部はありましたが、4、5人くらいしか部員がいなかったと思います。
私は3年まで部活動を続けていました。
  1. 2008/02/17(日) 18:35:39 |
  2. URL |
  3. 安比奈誠伸 #-
  4. [ 編集]

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