安比奈のなないろディップスイッチ

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その141:2009年新春・房総半島一周行の巻

今年は房総半島一周
新年あけましておめでとうございます。
2009年のなないろディップスイッチは、去年と同じく旅行記で書き初めです。
1月3、4日(これを書いている前日と前々日)、一家で房総半島一周のドライブに行ってきた。
もっとも、房総半島は行ったことがある場所が多いせいか、今回はあまり寄り道はしていかなかった。



房総半島一周レポート
朝10時に出発。千葉から木更津と、東京湾側、いわゆる内房を走る。
まず最初に立ち寄ったのは、鋸南町の水仙ロード。
冬なのに、水仙の花がいっぱい咲いている。
水仙ロードにて
房総半島は、このあたりから南は冬でもあまり寒くない。あちこちで花が咲いている。
山の斜面や休耕田を利用して、水仙の花が栽培されている。
実は、ここは前にも来たことがある場所だった。前述の通り、房総半島は行ったことがあるところが多い。ここもその一つだ。
そこを後にすると、海岸沿いに車を走らせ、海を横に見ながら延々と走った。
次は、今夜の宿の近くにある、野島崎灯台。大分走った。
房総半島の最南端にある灯台だ。
天気がとても良く、伊豆半島や伊豆大島がはっきりと見えた。
野島崎灯台から
16時頃、野島崎からすぐの所にあるホテルに到着。
早速風呂に入った。温泉ではないのが残念。
夕食は19:30から。それまでの間、部屋で時間をつぶすことにする。
しかし腹が減ってしょうがない。テレビを見ていても空腹が気になる。
なんでも、食堂に宿泊客が入り切れないため、夕食時間を1回目、2回目と分けているのだそうだ。1回目は17:30から19;00まで。30分の入れ替え時間を挟んで、2回目となる。
しかし、散々待たされてみんな腹が減っている。腹が減るとイライラしてくる。食堂の前で待っている人々から、「早く開けろ~!」という空気がビンビン伝わってくる。
19:30、時間通り開場となる。バイキング形式なので、我先にとおかずのテーブルにすっ飛んで行く。並ぶのも順番もあったものではない。良くもめごとが起きなかったものだ。
私は人波をかき分けて何とかおかずを皿に取って、待望(?)の夕食となった。
ズワイガニとタラバガニを一杯食べた。美味かった。
カニを食べる時は無口になる、と良く言われる。出にくい中身をかき出すのに集中するからだ。しかし、今回のカニは中身が出やすいように縦に割れ目が入っていて、簡単に取り出せた。
いつの間にか、イライラムードは、嘘のように消えていた。腹が満たされれば、気持ちは落ち着くものだ。
食べて飲んで、笑っているうちに21時、終了時間となった。
部屋に戻ってしばらくテレビを見た後、就寝。22時くらいだった。
2日目。
朝風呂を済ませると、朝食。こちらもバイキング形式だが、前日の夕食と違って入れ替えはなし。
9時半頃、ホテルをチェックアウトして出発。
この日は太平洋側、いわゆる外房を走った。
車のラジオから、ニューギニア島で大きな地震が起きたというニュースがひっきりなしに流れてくる。太平洋沿岸に津波注意報が出たが、千葉は含まれていなかった。
真冬だというのに、海にはサーファーの姿が見える。津波とは関係なしに波が高く、サーフィンには最適の様子だった。どれだけ水が冷たいか、想像するだけで寒くなってくるが。
千倉、鴨川ときて、房総を代表するアミューズメントパーク、鴨川シーワールドの前を通った。
ここには2回来たことがあるが、今回はパス。
国道128号線を走り、シーワールドと並ぶレジャー施設だった、行川アイランドの跡地の横を通る。
フラミンゴのショーで有名だったが、入場者数の低迷で2001年に閉鎖された。
跡地や施設は放置されていて、ボロボロになって残っている。やがて跡地に老人ホームが建設されるらしいが、見た限りその気配はない。
最寄り駅であった行川アイランド駅は、施設の閉鎖で廃止される予定だったが、地元住民の要望で存続された。近くの集落までは約1キロ離れていて、山に囲まれた駅の周囲に人家は見えない。
ちなみに、駅名は改称されずにそのまま残った。
かつては特急が停車したこの駅も、今は普通電車だけが停まるだけの無人駅だ。
さらに128号線を走り、ぼちぼち12時になる頃、誕生寺に着く。
ここは日蓮宗の大本山で、民宿やお土産店などが立ち並ぶ門前町がある。
合併して鴨川市の一部になる前、天津小湊町だった頃は、おそらく街で一番にぎやかなところだっただろう。
余談だが、小湊鉄道というローカル私鉄がある。旧・天津小湊町の誕生寺への参拝客輸送を目的として建設され、目的地から社名がつけられた。だが、途中で資金難のために工事は中断され、さらに後から建設された国鉄木原線(現・いすみ鉄道)と繋がったため、もう一つの目的である房総半島横断が果たされたことになり、小湊までは伸びずに終わった。ちなみに、旧木原線も木更津まで延ばす予定だったが、こちらも未完に終わっている。第三セクター・いすみ鉄道に転換された現在もなお、廃止の危機にさらされている。
第136回で書いた『グラ鉄』。余程追い詰められている状態なのだろうということが容易に想像できる。
話をレポートに戻そう。
誕生寺を参拝した後、少し走ってファミレスで昼食。さらに御宿を通り、いすみ鉄道の始発駅がある大原を通る。
そこからしばらく走ると、一宮。ここは小学校の時、『校外学習』で来た場所だ。
私の小学校には修学旅行はなかったが、その代わりとなるのがこの校外学習。
オリエンテーリングをやったり、テントで寝たり、キャンプファイアーをやったりと、俗にいう林間学校のようなものだった。
一宮を通り過ぎて、茂原へ。ここには父の親戚が住んでいたが、すでに他界している。
墓参りをした。これで行くところには全て行った。
市原・千葉方面に向けて車を走らせ、房総半島一周のドライブは終わりとなった。


昔は臨時列車が走っていた
昔は、夏になると房総方面へ向けて、臨時列車が大増発されていた。
海水浴客を乗せて、両国駅から特急・急行が走っていた。
しかし時代は車社会へと変わり、さらに東京駅の地下ホームから出発する列車が増え、両国発の列車は減っていった。
現在、両国駅発の列車はない。臨時列車が増発されることもなくなった。
昔ほどのにぎわいはないのか、心なしかどこの駅前も寂れて見えた。
以上で、今年の新年旅行のレポートを終わります。

今回の要点・カニを食べるときは無口になる……しゃべりながらカニを食える奴はいるか?





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テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

  1. 2009/01/05(月) 23:21:50|
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