安比奈のなないろディップスイッチ

世界一悪い観客、安比奈誠伸のブログです。
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その153:あいなくん、ハイ! 大学生編の巻

今回は学生時代のしめくくり
「なんだ、また思い出話か」とうんざりする人も多いだろう。
思い出話をいろいろと書いてきたが、大学時代はまだ書いていない。
大学生活は割と最近のような気がする、まだ思い出話にしてしまうのは早いかな、と思っていたが、もう完全に思い出だ。
というわけで、今回は大学生編、学生時代のしめくくりの話。



コンピューター研究部、マンガ、免許……
大学に入って、すぐにコンピューター研究部に入った。
学園祭に向けて、ゲームやCG、音楽を作るのが主な活動だった。
でも、学園祭が近づくまであまり活動はしないで、みんな部室でゲームばかりやっていた。
カードゲーム『マジック・ザ・ギャザリング』をする部員もいた。私は参加しなかったが。
そんな中で、マンガ家を志した。
きっかけは入学して間もない頃、エニックス(現・スクウェア・エニックス)の『月刊少年ガンガン』を読んだこと。
その連載で、『ドラゴンクエスト4コママンガ劇場』という作品があった。
これは、毎回10人前後の作家が、ドラクエをテーマにした4コママンガを合作するもの。1人につき1、2ページ描いていた。
面白かった順に、1位、2位、3位……9位、カス(10位)と、自分で勝手に順位をつけていた。
プロ作家の4コマの後には、『ドラゴンクエスト4コマクラブ』という素人投稿のドラクエ4コマのコーナーがあった。
桁違いに絵が上手くて、もっと大きい賞に応募すればいいのにと思うほどの投稿者もいれば、「なんだこりゃ、幼稚園児の落書きか」という投稿者もいた。
「これなら俺にも描ける!」と思って、マンガを描き始めた。
部室で描くこともあった。友人や先輩は「おー、やってるなー」と応援してくれた。
しかし、現実は甘くなかった。
2年間投稿を続けたが全部没。最終選考にも残らなかった。
その時の作品が本HPにあるので、興味のある方は見て下さい。
描いても描いても没ばかりで、一向に結果が出ないのに嫌気がさして、とうとう投稿をやめてしまった。
でも、まだマンガ家になるのをあきらめたわけではなかった。
ネットを通じて知り合った人たちと合同で同人誌を作った。プロ作家も二人参加していた。
「同人誌作るよ」と、参加者の一人である作家のサイトのBBSで予告した。それで広がった前評判のおかげで、本はそこそこ売れた。参加者たちに原稿料を支払うことができた。と言っても、実際にはみんなで金を出し合って作ったので、費用の一部を返還できた、と言った方が正確だ。
中には、「原稿料はいりません」と言ってくれる人もいた。うれしかった。
大学3年の春休み、マンガは一休みして、山形へ車の免許合宿に行った。
4月からは4年生、就職活動前に免許を取っておいた方がいいと思ったからだ。
担当の教官が厳しいか優しいかは、まさしく運による。免許を取った後は、厳しい教官に教わった人の方が事故を起こしにくいと聞いたが、それはどうだろうか。
私は、教官にどやされた記憶はあまりない。
合宿所のルームメイトは、教習所で一番厳しい教官に、教習そっちのけで1時間説教されたらしい。私はその教官には最後まで当たらなかった。
教習から帰って、合宿所の旅館で風呂と夕食を済ませると、その日の日記をつけた。その後、イメージトレーニングをやった。
これは義務づけられていたのではなく、自主的にやったものだ。
日記には、今日やったこと、今日の問題点などを書いた。イメトレでは、目を閉じて、運転している姿を頭の中で描いてみる。
「キーを回した、クラッチをつないだ、エンジンかかった、ハンドブレーキ外した、スタート、アクセル踏んで……」
実際、やればやるだけ実地での教習はスムーズに進んだ。
これから免許を取ろうとしている人は、イメトレをやった方が絶対にいい。
頑張った甲斐あって、仮免許を取るための修了検定は、一発で合格した。
次は路上教習。いくら田舎とはいえ、車はいっぱい走っている。自転車で前を走っている老人がいて、予想もしない動きをするから終始ハラハラ。
あっという間に教習期間は過ぎていき、最終日の18日目、卒業検定の日がやってきた。
卒検は、今まで路上教習で走った道を通る。途中までは良かったが、なんと交差点でエンストという大ポカをしてしまった。
「ああ、こりゃだめだな……」と思ったが、結果はなんと合格。マイナス点が不合格ラインまで達していなかったのか、それともお情けか。
それはともかく、晴れて教習所を卒業、帰れることになった。後は、試験場の学科試験だけ。
こちらも一発で合格、念願の免許証を手にした。
中断していたマンガを再開した。途中で描きかけになってしまい、完成まで半年もかかった32ページの作品で、初めての持ち込みをやった。
編集氏は丁寧に見てくれた。
「デッサンがちょっと……」「ストーリーがあっさりし過ぎで……」「主人公のキャラが弱いですね……」と、口調は柔らかいが、一つもほめない。いい所は一つもない、ということか。
帰り際に、「まだ若いから、頑張れば伸びるよ。新しいのができたら、また来て下さい」と言ってくれたが、私の気持ちは晴れなかった。
「せっかく描いたこれ、どうしようかな……」と帰りの電車の中で悩んだ。
無理を承知で応募するか、それとも、よその編集部に持ち込むか。結局、自主的に没にしてしまった。
それからまたマンガを一休みして、就職活動に入った。仕事をしながら、描き続けようと思っていた。
不況はまさしく泥沼状態、一向に良くなる兆しがない。
一時は、就職浪人になるかも……と危惧していたが、夏の初めに、あっけなく内定が出た。
後は第151回で書いた通り。
その頃には、もう部にはほとんど顔を出さなくなっていた。同期の連中も同じだったようだ。
4年生の先輩たちが、一人、また一人と来なくなる。それを3年生まで見てきた。そして、自分たちもそうなってしまった。
年は明け、やがて3月。卒業式を迎えた。長いようで短かった4年間だった。
卒業旅行の行き先は、JR飯田線。
こちらは、『飯田線旅行記』として、本HPに残してあります。
こうして、私の学生時代は幕を閉じた。
新社会人時代はどうだったか、マンガはどうしたのか、それについては、またの機会に。


思い出話をもう2つ……
<部の合宿>
コンピューター研究部では、夏の恒例行事として、合宿があった。合宿とは名ばかりで、実態はどう見てもただの旅行、遊びに行くだけ。
1年の時は那須高原、2年は伊豆、3年は富士五湖。4年の時は不参加だった。
花火をやったり、釣りをしたり、遊園地で遊んだりと、本当にどこが合宿なんだろうか。
旅行では大学から費用がおりないから、名目は『合宿』にしたのだろうか。
それはともかく、楽しい旅だった。
<体育・スキー合宿>
大学にも体育の授業がある。だが、私の大学では、単位の取り方が2種類に別れていた。
1年間の授業で単位を取得する『年間履修』か、合宿形式の『合宿履修』を選ぶことになる。
合宿履修の内容は、新潟・土樽での3日間のスキー実習だった。
高校1年の時、学校のスキー教室に参加して、それからスキーは好きなスポーツの一つになった。
たった3日で単位が取れて、しかもまたスキーがやれると、迷わず合宿履修を選んだ。
そこで友人ができたし、何も言うことがないくらい楽しかった。
以来、現在に至るまでスキーをやっていない。
あー、スキーがやりたいなあ……って、もうすぐ夏なのに、何を書いてるんだ私は。

今回の要点・なかなか楽しかったけど、短かったな、大学時代。




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