安比奈のなないろディップスイッチ

世界一悪い観客、安比奈誠伸のブログです。
アイドル声優たちよ、無駄飯、無駄酒、無駄口、無駄遊び、無駄ショッピングの後は、これを読め!
声優志望者たちよ、続けるか辞めるか、迷った時はこれを読め!
アニメ首脳陣よ、声優ファン・アニメファンからどうやって搾取するか、煮詰まった時はこれを読め!
炎上上等!!突撃上等!!
素人の傍目八目な爆言で、喝!!

警告!声優ファンやアニメファン(特にネギまファン、リリカルなのはファン、ゼロの使い魔ファン)は読むのをやめた方が無難です。


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

その158:あいなとものぶの浅草キッドの巻

MCAS、Word合格
9月に入った。
昼はまだ暑いが、朝夕は涼しくなった。
私の近況報告。
MCAS(マイクロソフト認定アプリケーションスペシャリスト)の、Word2007の試験に合格した。
だから何だって?
書くことがないから書いただけ。



最初の会社の思い出話
本題に入ろう。
今回は、思い出話。
大学まで書いたので、今回からは、社会人時代の話になる。
気づいた方も多いと思いますが、これまでの思い出話のサブタイトルはビートたけしの自伝『たけしくん、ハイ!』のパロディ。
大学を卒業後、東京・浅草にあるソフトウェア会社に就職した。
これが今回のサブタイトルの由来。
会社からは、雷門が見えた。それくらい、浅草寺に近い所にあった。
就職して、しばらくは研修が続く。
ソフトウェア会社である以上、プログラム言語を覚えなければならない。これが大変だった。
使用言語はVisual Basic。最初はバージョン5だったが、2年目くらいから6になった。
研修が終わると、先輩の下につくことになる。プログラマーとして本格始動となった。
入社1年目の社員旅行はサイパン。外国も、飛行機も初めてだったのですごくウキウキした。
ところどころに、日本語で書かれた看板が立っていた。日系人も多く住んでいるのだ。
初めてゴルフをやった。1ホールで20数打。それからは、もう何打打ったかわからない。
日はとっぷりと暮れて、ボールが見えなくなり、18ホール全部は回れず、おしまいとなった。
話は変わるが、第153回で書いた、漫画家の夢はどうなったのかというと、入社して2か月くらいの頃に2回目の持ち込みに行った。
20ページの作品だったが、編集者の感触はいまいち。応募に回してもらったが、結果は何にもなし。
めげずに新作を描いて、仕上げる前の段階で、今度は編集者ではなく、ネットで知り合った人たちのオフ会で10人くらいに見てもらった。
読んでいる間、クスクスと、失笑が漏れてくる。ギャグはないのに。
そして、案の定、誰も一つもいいところを言ってくれない。
言われるのは欠点ばかり。30か所以上も悪い所を言われてしまった。
一体どれから直せばいいんだ? やっぱり、だめか……と、やる気がだんだん揺らぎ出した。会社が忙しくなってきたこともあって、次第にペンを握らなくなっていった。
最後のチャレンジのつもりで、社会人1年目の終わり頃に16ページものを描いて、小さな雑誌の賞に応募した。
応募総数、9作品。
何にもなし。筆を折る決心をした。
こうして、漫画家の夢は終わったのだった。
それ以来、今でもネームを切っていない。
2年目、別の部署から私のグループにサブリーダーが移ってきた。
そのサブリーダーに、なかなかいじめて頂いた。
ささいなことで1時間説教する、みんなの前でつるし上げをするように罵倒する。
「こいつ、説教を口実に仕事サボってんじゃないのか?」と思えるほど、説教の言葉に中身がなかった。
とは言え、下手に言い訳をすれば余計に怒られるのは目に見えているので、適当にハイ、ハイと相槌を打って嵐が去るのを待つしかなかった。
2年半が過ぎた頃、今まで本社勤務だったのが、外に出向に出ることになった。出向先は品川の天王洲にある、フジテレビの系列会社。
サブリーダーから離れられる、助かった、と思った。
そこでの人間関係は、概ね良好だった。
しかし、半年間の期間限定だったため、期間が終わるとまた本社に戻った。
もどってからは、これまたいじめて頂いた。
納期ギリギリになり、会社に泊まり込みの四晩連続徹夜となったことがあった。
徹夜といっても全く眠らないのは無理なので、少々の睡眠は取ることになった。しかし、床に横になろうとすると、
「横になるな!!」
机に突っ伏して寝ろ、と言う。横になると寝過ごすからだ、とか。それも30分以内。それ以上は深い眠りに入るからだめ。
こんな状態で、ろくなものが作れるわけがない。
10回直しても15回直してもNG。サブリーダーは荒れまくる。肝心のリーダーは出張でいない。
5日目、リーダーがやっと戻ってきた。
「もういい、客先には俺が言っておくから、お前は帰れ」
やっと解放された。私が帰った後、リーダーとサブリーダーがケンカしたらしい。責任のなすり合いだった。
リーダーは「俺がいない間に何をやってたんだ」、サブリーダーは「あいつ(私のこと)が悪い、俺は悪くない」。
それはともかく、私の体調は1ヶ月近くおかしい状態が続いた。そして、これまでの仕事でついた自信はメチャメチャにぶち壊され、熱意は冷えきっていた。
それからサブリーダーのいじめはますますひどくなった。
毎日のように、ささいなことでつるし上げの罵倒をされた。
「知的障害者の作業所に行け」「自衛隊に行け」「お前は隅田川のホームレスになって死ぬんだ」。
こんな毎日で、私は徐々におかしくなっていった。
あの手この手の抵抗を始めた。
毎日のように、リーダー宛てに「今日、XXさん(サブリーダー)からこんないじめを受けました。ちょっとお話がしたいのですが」というメールを送った。
最初のうちは、リーダーは「わかった、俺から注意するから」と言っていたが、少しもいじめはおさまらない。
空約束だったのか、サブリーダーがリーダーの注意を無視したのかはわからない。
それでも、いじめを受ける度にメールをリーダーに送った。
リーダーから返事がないと、サブリーダーに聞こえよがしに「メール読まれましたか」。
あまりに頻繁に送られるので、リーダーも嫌気がさしていたのが良くわかった。
「読んでるよ」
「ではお返事はいかがなものでしょう」
「ちゃんと注意するから、勘弁してくれ」
サブリーダーが仕事のことで説明をして、「わかったな?」と聞くと、「わかりません! もう少し詳しくお願いします!」。
何度説明しようが、いくら詳しく説明しようが、「全然わかりません!」「さっきと説明が違います!」。
もし手を上げて来たら、警察を呼ぶ覚悟はできていた。あまりに証人が多過ぎるから、即逮捕だと読んでいた。
向こうもそれはわかっていたようで、手は出してこなかった。
そんな中、不況はひどくなるばかりで、会社の業績は目に見えて悪化していた。
ついにリストラが始まった。
3年目、4年目と、年が上がっていくにつれて、同期の社員や1つ上の先輩、さらには後輩が一人、また一人と辞めていった。
リストラの対象になったのか、自主退職かはわからない。
入社して4年半が過ぎた頃だった。
「辞表を提出してくれ」と、なぜか別のグループのリーダーから通告された。来るときが来た。
私は拒否した。「辞めたくない」と言ったが、リーダーから「うちでは無理だけど、お前はまだ若いからやり直すチャンスはある。退職金も出るから」と説得された。「辞めろと言うなら、会社都合にしてくれ」と頼んで、受け入れてもらった。その方が早く失業手当(雇用保険)がもらえるからだ。辞表を出すと、支給まで3か月待たなくてはならない。
最後の日。リーダーに「サブリーダーに今までのことを謝って欲しい」と頼んだ。
リーダーに呼び出され、ふて腐れた表情でサブリーダーは現れた。私は「今まで僕をいじめたことを謝って下さい」と要求した。最初は「嫌だね。そんなことをしたら今まで教えてきたことを全て否定することになる」と拒否したが、リーダーから「ここは謝れ」と言われ、渋々聞き入れた。「謝れと言うならいくらでも謝ってやる」などとグズグズ言っていたが、結局は「ごめん、悪かった、許してくれ」と棒読みで謝罪した。私は「わかりました」と受け入れた。
あの時のサブリーダー……奴の自己正当化で歪んだ醜い顔での謝罪は、今でも忘れられない。
その後、「お前は(オフィスに)戻れ。(サブリーダーと)二人で話すから」と言われ、私は一人で戻った。どんな話をしていたのかはわからない。「こんなことになったのはお前のせいだ」「あんたのせいだ」と、また責任のなすり合いでもしていたのだろうか。結局、それっきり二人はオフィスに戻ってこなかった。
私をかわいがってくれていた先輩は、客先に行っていて留守だったため、別れの挨拶ができなかった。


観音様がくれた休暇
私は荷物をまとめ、「お世話になりました」と軽く挨拶をして、会社を後にした。
そして、二度とそこの敷居をまたぐことはなかった。
こうして、私の長い休暇、無職時代が始まったのであった。
その時のことは、第59回に書いた。
もしかしたら、浅草寺の観音様が助けてくれたのかも知れない……と今にして私は思う。
「お前は頑張ってる。でも、こんな所にいたらお前はだめになる」と……。
会社は今でも大嫌いだけど、浅草の街は好きだ。

今回の要点・浅草の街は今も好きだ。また行きたい。





スポンサーサイト

テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ

  1. 2009/09/06(日) 20:06:50|
  2. 安比奈のなないろディップスイッチ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
<<その159:あいなとものぶの無職・フリーター時代の巻 | ホーム | その157:さらば夏、バイバイサマー……夏の終わりに……の巻>>

コメント

何も行動しないことが一番良くない

なんだかすごいところで働いていたのですね。よくIT系は厳しいといいますが、つたわってきました。第59回の日記を見ましたが、諦めてしまったらそこでおしまいだなと考えました。

一番よくないのは、何も行動しないことですね。
  1. 2009/09/09(水) 16:18:58 |
  2. URL |
  3. Hiroaki #CvPplrP.
  4. [ 編集]

res...

Hiroakiさん

あの男を今でも決して許していません。
許すには、あまりにもされたことが大き過ぎます。
最後の最後、あの醜く歪んだバカ面は、今でも忘れられません。
それはともかく、最後の頃はもう身も心もボロボロになっていました。
  1. 2009/09/10(木) 21:31:21 |
  2. URL |
  3. 安比奈誠伸 #-
  4. [ 編集]

はじめまして。
「成功への情熱」へのご訪問ありがとうございます!
これからも頑張ってください!
  1. 2009/09/17(木) 22:36:19 |
  2. URL |
  3. DriponR #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://tomonobu.blog43.fc2.com/tb.php/198-ed340fa8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。